開発も解析も、実験も理論も、幅広く学ぶ
研究内容を教えてください。
LHC-ATLAS実験に参加し、2021年から開始予定の第3期実験(Run3)に向けて、ソフトウェアの開発に取り組んでいます。開発しているのは、「ミューオントリガー」のためのシステム制御ソフトウェアです。
LHCでは陽子を1秒間に20億回ほど衝突させ、そこから生じるミューオンなどの粒子を検出して、それを手掛かりに新粒子を探します。衝突イベントのデータ量は膨大で、全てを記録することはできません。そのため、見たい衝突事象を高速で選別する「トリガー」が必要です。ATLAS検出器には、複数のトリガーがあります。ミューオントリガーは、ミューオンが検出器を通過する位置をもとに運動量を算出し、それによりトリガー判定を行なって、データを読み出すよう命令します。
ミューオントリガーには2つのレベルがあります。ひとつは「レベル1トリガー」で、データの取捨を最初に判断するハードウェアトリガーです。もうひとつは、「ハイレベルトリガー」という後段のソフトウェアトリガーです。レベル1トリガーのなかの「ミューオンエンドギャップトリガー」は、ATLAS日本グループが中心になって研究しています。その根幹をなすのが、「TGC (Thin Gap Chamber)」というミューオン検出器です。
Run3では、New Small WheelとRPC BIS78という新たなミューオン検出器が増設される計画です。TGCに加えてそれらの新しい検出器からの情報もトリガー判定に使うため、新しいトリガー判定ボードが導入されます。私が開発しているのは、それらの新しいボードを含めた、ATLASの実験室から回路室に跨がる大規模なミューオンエンドキャップトリガーシステムを同期制御するためのソフトウェアです。開発は私がメインで担当していて、やりがいを感じています。
第3期実験で新たに導入するミューオントリガーシステムの、制御用ソフトウェア開発の準備。ミューオンに崩壊する新粒子を確実にキャッチする。
ICEPPに進学されたのは?
私は慶應義塾大学理工学部の出身です。慶應では3年生の冬に研究室を選ぶ際、理論か実験かに分かれます。私は素粒子の理論を学びたくて理論の研究室に進み、卒論のテーマに超対称性を選びました。素粒子の理論は非常に複雑で、仮定の上に仮定を重ねて理論を展開していきます。それを勉強しているうち、これが本当に自然界で起きている物理なのか、自分で確かめたい思いが強くなりました。新物理を探索する実験に携わりたいと、ATLAS実験の話を聞きにICEPPのガイダンスに行き、そこで現在の指導教員である奥村准教授のお話に非常に興味を覚え、ICEPPを選びました。
実際にATLAS実験に携わった感想は?
理論をやっていたときは、家が遠いこともありゼミの日しか大学に行かず、自分で勉強していたため孤立感を覚えることもありました。ICEPPでは、チームで開発を行なうためコミュニケーションが頻繁にあり、賑やかで楽しく研究に取り組めています。
CERNにも3回行きました。ATLASの検出器が入っている巨大な実験棟では、ずらりと並んだボードの壮大さに圧倒され、プロジェクトの大きさを実感しています。滞在中の休日には、ジュネーブの市街地での観光を楽しむなど、オン・オフともに充実した日々を送っています。
今後の展望をお聞かせください。
Run3を見届けて、その先に予定されている第4期実験(Run4)にも関わりたいと思います。博士号を取るには、開発だけでなく物理解析にも取り組む必要があります。私としては、開発か解析のどちらかではなくその両方を、さらには実験だけでなく理論の勉強も、これまで以上に進めていきたいです。「理論ができる実験屋」になるのが目標です。視野を広く持ち、いろいろなことに長けた研究者になりたいと思います。