ICEPP×AI & QCなぜ素粒子実験に、AIと量子コンピューティングが 必要とされるのか
AIという言葉は多義的に使われますが、素粒子実験に深く関わるAIは、そのなかの「機械学習」を指しています。すなわち、大量のデータのなかからルールやパターンを自動的に発見する技術です。たとえば検出器内では、光速近くまで加速した大量の粒子同士が衝突し、さまざまな粒子が大量に生成されます。そのなかから未知の新粒子を見つけ出すには、シグナル(新粒子生成に関わる信号)とノイズを効率的かつ精度よく区別しなければなりません。こうした解析の用途に、機械学習が広く使われています。
この機械学習の技術は、素粒子実験では昔から研究・利用されてきました。大量のデータを使って新たな知見を得る点、数学がバックグラウンドにある点、データの信頼性や理解度が高い点など、素粒子実験と機械学習は「相性が良い」と言えるでしょう。最近流行のディープラーニング(深層学習)も、現場で使われ始めています。
2020年には、東京大学とソフトバンクが世界最高レベルのAI研究拠点として「Beyond AI 研究推進機構」を設立し、7月30日より共同研究が本格的に始まっています。本センターもこの研究に参画し、さまざまな素粒子実験テーマに、AIを活用する研究に取り組んでいます。
そこでの本センターの研究テーマは、「複合AIによる問題解決手法」です。現在は、さまざまな解析問題を個々のAIに対応させていますが、複合AIではその全体を高次のAIで解析し、調和させることが目標です。素粒子分野での活用のみにとらわれず、既存のAIの適用範囲を超えることも目指しています。
2019年10月、Googleの研究チームが「量子超越」に成功したと発表しました。量子コンピュータが古典コンピュータよりも圧倒的に速く計算できることを実証したのです。この画期的な成果は、世界中の関心を集めました。
実用的な量子コンピュータの誕生までには、もう10年や20年はかかるでしょう。それが登場したときに、いかに量子計算技術を「使う」のかを主眼に置き、本センターでは量子コンピューティングの研究に取り組んでいます。量子計算技術を機械学習に応用する「量子機械学習」は、その好例です。また、大量の変数を同時に扱える量子コンピュータの特徴を、高次元の確率分布の計算を用いた高エネルギー素粒子反応過程のシミュレーションに適用する研究なども進めています。
CERNのLHCの能力増強計画や新たな加速器計画においては、生成される粒子の数が増え、各種計算量が膨大になる「計算爆発」が起こることが確実です。まずはその解決策として、量子コンピュータの活用が期待されています。
2019年12月に、東京大学とIBMは、量子コンピューティング研究のパートナーシップ締結を発表しました。IBMの量子コンピュータ2機が日本に設置され、1機は大学キャンパス内に置かれて研究が進められています。さらに2020年7月には、大学全学レベルで、量子コンピュータに関する知見を産官学で共有して実用化を進める「量子イノベーションイニシアティブ協議会(QII協議会)」の設立も発表しました。こうした東大全学での取り組みにも本センターは参画し、研究推進の一翼を担っています。