Tabletop実験
多彩な技術で未知の物理現象を探索する
小規模ながらも、ユニークなアイデアと多彩な実験手法を駆使して未知の現象に迫る。それがTabletop実験です。大型加速器では難しい実験を高い精度で行なうために、この実験では特殊な粒子ビームや特別なセンサーを開発・利用します。
「コヒーレントな光」は、有力な実験手段です。光子は、陽子や電子とは異なり、全く同じ量子状態を複数の粒子が占めることができます(これを「コヒーレント状態」と言います)。近年の量子光学技術の急速な進展により、レーザーに代表されるコヒーレントな光は、その精度・強度・波長・偏光を自由自在に操ることができるようになりました。強いエネルギーを一点に集中させたり、干渉の効果を利用して微小な変化を観測したりすることもできます。
もし、「真空」の一部にエネルギーを集中すると何が起こるでしょうか。現在、物理学の描く真空は、仮想粒子が生成と消滅を繰り返す複雑な構造をしています。そのような真空にコヒーレントな光や強力な磁場などで電磁場を集中させると、真空が異方性を持ち、歪んだ状態になります。この歪みの観測を目指して実験を行なっています。
歪みの検出にも光を利用しています。赤外線レーザーを、鏡で数十万回も往復して蓄積することで、偏光のズレを増幅します。また、微小な歪みの検出には波長が短いX線が有利であるため、理化学研究所の「X線自由電子レーザー(SACLA)」も利用します。SACLAではX線レーザーどうしをぶつけて歪みを検出する実験も行なっています。
電子の反粒子である陽電子のビームを使い、「反物質を含んだコヒーレント状態」を作る実験も行なっています。陽電子と電子が対となった準安定な複合粒子である「ポジトロニウム」は、密度を高めて冷却すると、単一な量子状態に縮退すると考えられています(これを「ボース・アインシュタイン凝縮」と言います)。このような状態を作り出すことができれば、物質と反物質の対称性を詳細に調べたり、ガンマ線レーザーを実現したりすることができます。ポジトロニウムを冷却するには紫外線レーザーを使用し、準位の励起と脱励起での紫外線の吸収と放出の過程を利用します。特殊なレーザー光源が必要であるため、自作して冷却実験を行なっているところです。
非常にエネルギーの低い中性子ビーム(超冷中性子ビーム)を利用した実験も行なっています。超冷中性子は非常に速度が遅いため、重力の影響による落下を測定することができます。時間感度を持ち、精密な位置情報を取得できる中性子検出器を開発することで、量子系における弱い等価原理の検証を目指しています。
そのほかにも、ミリ波の超伝導検出器を利用して、暗黒物質の探索を行なったり、矮小楕円体銀河から放出が予想される暗黒物質の対消滅信号を探索するなど、いろいろなアイデアで、世界最高レベルの感度の実験を行なっています。
ポジトロニウムとは?
素粒子のひとつである電子には反物質のペアが存在し、陽電子と呼ばれています。電子がマイナスの電荷を持っているのに対し、陽電子はプラスの電荷を持っているため、お互いに電気的に引き合い、水素原子のように準安定な原子をつくります。これがポジトロニウムです。お互いが反物質であることから、短い寿命でガンマ線に崩壊しますが、正確な理論計算が可能なため、素粒子理論の精密検証には非常に有用です。ポジトロニウムのスピンの状態に応じたエネルギー準位差(超微細構造)のほか、寿命なども精密に計算されており、研究グループではそれらの実験的検証も行なっています。
X線自由電子レーザーとは?
X線は可視光よりもおよそ100~10万倍くらいのエネルギーを持った光です。レントゲン撮影などで使われていますが、そのためのX線源は、いわば白熱電球のような仕組みであるため、実験には適さない光源でした。これに対し、加速した電子を制御することでX線をレーザーのように発振するのがX線自由電子レーザーです。任意のエネルギーを持ったX線を、短いパルス幅かつ大きな強度で照射することができます。現在、世界で2台稼働しているうちの1台が日本の播磨(兵庫県)にあるSACLAと呼ばれる施設です。物性研究や生物研究に主に利用されてきたSACLAですが、当研究グループでは素粒子研究にも応用を進めています。