QUANTUM HARDWARE

量子ハードウェア

量子ビットで切り拓く素粒子・宇宙物理学実験の新たな地平

近年の量子コンピュータ開発競争によって、その実現の要である量子ビットや周辺機器は飛躍的な発展を遂げています。例えば、超伝導量子ビットの寿命は20年前の10の6乗にあたる1ミリ秒の大台を越え、量子ビットの読み出し機構は希釈冷凍機で実現される極低温とジョセフソン接合の非線形性を活かした量子アンプにより熱ノイズがミリケルビンレベルに到達し、外部の電磁場ノイズは幾重にも覆われたシールド及びRFフィルターによって高度に遮断されています。現代の叡智とも言えるこうした最新の量子技術は、今のところ量子コンピュータの開発に主に使われていますが、実は素粒子・宇宙物理学実験にとても相性が良いのです。本センターでは、こうした量子分野と素粒子・宇宙分野との架け橋を担い、次世代の実験を生み出し続けています。

量子ハードウェアグループでは、主に3つのテーマで研究しています。1つ目は「量子センサーの研究」です。超伝導量子ビットはエネルギーの最小単位である“量子”を操れるほどの感度があるため、次世代の素粒子・宇宙実験を支える新たなセンサーとして期待されています。例えば、本センターでは暗黒物質探索への応用を進めており、量子ビットと共振空洞(電磁場を閉じ込めるための“瓶”)の相互作用を利用した変調や単一光子検出実験、量子エンタングルメントを利用した暗黒物質の直接励起実験などを世界に先駆けて行なっています。また、重力波は大型のレーザー干渉計で捉えることが一般的ですが、kHzを越える高周波帯の場合には共振空洞や量子ビットを使ってより効率的に捉えられることがわかってきました。そこで、加速器空洞や量子ビットを用いた高周波重力波検出の研究も進めています。

2つ目は「量子ビット周辺機器の開発」です。量子ビットのビット数は数千の大台に達していますが、エラー訂正のためには100万ビットが必要とも言われています。量子コンピュータの周辺機器の開発はまだ発展途上であり、より小型で性能が良く量産性の高い部品の開発が急務です。IBMを代表とする民間企業と密に連携し、実用量子コンピュータのための多様なハードウェア研究を推し進めています。

3つ目は「数学的アナロジーを活かした極限的物理現象の研究」です。“自然をシミュレーションしたければ、量子力学の原理でコンピュータを作らなくてはならない” 現代物理学の大家であるファインマンが述べたアイデアから、量子コンピュータの研究が始まったと言われています。その言葉の通り、量子コンピュータやその原理を応用した新たなエミュレータを用いるとブラックホールやそのホーキング輻射など宇宙の極限的なシチュエーションでしか実現し得ない現象を、巧妙な数学的アナロジーによって検証することが可能です。光とメタマテリアルを用いた量子時空の新しい研究領域の開拓や、ホーキング輻射を実現するための新しい超伝導回路とユニークな特性の量子ビットの開発を進めています。

これらの研究は近年急速に発展してきた比較的新しいもので、さまざまな分野の専門家との協力が不可欠です。本センターは、素粒子・量子情報理論や量子技術、加速器研究の第一人者たちとタッグを組み、万全のバックアップ体制のもとで研究を進めています。また、こうした動きは国内だけでなく海外でも起こっており、国際共同研究も活発に進められています。米国・Fermilabやシカゴ大学、スイス・EPFLなどの幅広い共同研究者とのコラボレーションにより優れた研究施設の設備利用が可能になっています。


超伝導量子ビットとは?

超伝導量子ビットはLC共振回路のインダクタ(L)の部分が非線形になった電気回路です。非線形性はジョセフソン接合と呼ばれる、超伝導体-常伝導体-超伝導体のサンドイッチで生み出されます。通常のLC共振回路はエネルギー準位が等間隔ですが、この非線形性によって量子ビットのエネルギー準位は等間隔でなくなります。これを利用して一番小さいエネルギー準位(|0>状態)から次のエネルギー準位(|1>状態)まで、選択的に操作することが可能になるのです。ジョセフソン接合は典型的にアルミニウムで作られており、その超伝導転移点(1.2 ケルビン)以下の温度で動作します。また、サイズは100 nmオーダーであり、CPUなどの半導体プロセスと似た工程を経て作製されます。