ILC計画
ヒッグス粒子の真空から時空の謎に挑む
ILC(国際リニアコライダー)は、全長約20kmの線形加速器です。電子と陽電子(電子の反粒子)を最高エネルギーで加速衝突させ、宇宙誕生から1兆分の1秒後のビッグバンを再現し、素粒子と宇宙の謎に迫ります。ILC計画は素粒子物理学の次世代基幹プロジェクトです。2030年代後半の稼働を目指し、世界中の研究者が取り組んでいます。
ILCの電子・陽電子の衝突時のエネルギーは250GeV(ギガ電子ボルト)です。将来的には全長を延長し、さらに加速技術の発展により、衝突エネルギーの大幅な増強も期待されます。ILCには、CERNのLHCと異なる大きな特徴があります。それは、LHCが複合粒子である陽子どうしの衝突であるのに対し、ILCは素粒子である電子と陽電子の衝突であることです。複合粒子と単体粒子はそれぞれ大福餅と小豆にたとえられます。大福餅どうしをぶつけると餡が飛び散り、衝突の際に多くのゴミが出ますが、小豆どうしの衝突ならば、衝突の様子をクリアにとらえることができます。このように、ILCは素粒子の性質を細かく調べるのに適しています。
LHCで発見されたヒッグス粒子は、宇宙の真空に潜む謎に包まれた粒子です。ヒッグス粒子を大量に生成して詳しく調べるには、「ヒッグス・ファクトリー(工場)」計画の早期実現が重要です。それは、国際研究者コミュニティの共通認識です。なかでもILCは、その性能および計画の進展状況において、もっとも優れた加速器です。ILCでは、ヒッグス粒子を詳細に調べることで、素粒子の質量や宇宙の物質の起源の解明を目指します。さらには、軽い暗黒物質(ダークマター)の探索など、超対称性理論や力の大統一の検証につながる未知の新粒子の発見も期待されています。
ILC計画は、長年の国際共同研究を経て、技術設計書(TDR)が2013年に完成しています。その後2020年にICFAにより国際推進チーム(IDT)が設置され、最終設計完了・建設開始に向けた新たな国際的枠組みの準備が進んでいます。本センターの研究者もILC計画推進の要職を担っています。IDT科学セクレタリとして大谷航准教授、国内の研究者コミュニティのILC推進母体であるILC-Japanは石野雅也センター長がスポークスパーソンとして率いており、国内外のステークホルダーの支持の拡大に向けて、研究者コミュニティ全体でさまざまなプロセスを進めています。
計画実現に向け、研究開発も本格化しています。最先端技術を駆使した新しいコンセプトにもとづき、加速器や超高精細測定器の開発が進められています。本センターの大谷航准教授は、ILC測定器国際共同開発グループの執行部メンバーとして、開発を牽引しています。
建設候補地には、日本の北上山地が有力候補に挙がっています。ILCが日本で実現すれば、世界の科学技術人材と企業が集結する一大グローバル科学都市が日本に誕生します。世界が注目する次世代基幹プロジェクトを実現するため、世界中の知恵と技術を結集し、本センターの研究者も力を合わせて取り組んでいます。
加速器の形の違いは何を意味するのか?
加速器は、「円形」か「線形」か、「ハドロン型」か「レプトン型」かで大きく分けることができます。陽子どうしを衝突させるLHCは「円形」で「ハドロン型」、電子と陽電子を衝突させるILCは「線形」で「レプトン型」の加速器です。「ハドロン」とは、複数の「クォーク」が「グルーオン」(強い力を生み出す素粒子)によって結び付けられている複合粒子のことです。
加速器は、「線形」から「円形」へと発展し、大型・高エネルギー化してきましたが、円形加速器にはひとつの制約がありました。電子や陽電子は質量が軽く、曲がる際に放射光を出してエネルギーを失ってしまうのです。そのため、大型化した「円形」加速器の主流は「ハドロン型」でした。
ただし、「ハドロン型」は、本来調べたい事象のほかにさまざまな現象が同時に起こるため、素粒子の細かい性質を調べるには必ずしも適していません。ILCのように、「線形」の「レプトン型」の加速器で、TeV(テラ電子ボルト)単位の高い衝突エネルギーを実現するのは、素粒子物理の研究者たちの長年の夢なのです。