ATLAS実験
「真空・時空」の解明・初期宇宙の進化への実験的アプローチ
ATLASとは、CERN(欧州合同原子核研究機構)のLHC(大型ハドロン衝突型加速器)を用いて行なわれている実験プロジェクトであり、素粒子を探索する検出器の名称でもあります。ATLAS検出器は、全長46m・直径25m・重さ7,000トン、1億チャンネルのセンサーが組み込まれた巨大な精密測定装置で、ヒッグス粒子を発見した2台の検出器のひとつです。
LHCは、陽子を世界最高エネルギーまで加速して衝突させ、素粒子現象を実験的に観測するための円形衝突型加速器です。陽子同士の衝突エネルギーは、ヒッグス粒子発見時(2012年)で8TeV(テラ電子ボルト)。当時すでに世界最高でしたが、2015-18年の第2期実験(Run2)では13 TeVで運転し、2022年から始まった第3期実験(Run3)では13.6 TeVに到達しました。
2019-21年の加速器運転停止期間中に、入射加速器群を大幅に改良した結果、年間蓄積データ量を大幅に増加できることが2022年度の運転で実証できました。Run3のデータを使って、暗黒物質(ダークマター)の候補となる超対称性粒子の発見や、ヒッグス粒子の自己結合定数の測定に向けた研究を加速させます。宇宙初期に生じたと考えられる宇宙進化の鍵を、直接的に実験的に研究していきます。
ATLAS実験は、世界42ヶ国から181の大学・研究機関が参加する国際共同研究プロジェクトです。約1,200人の大学院生を含む約3,000人の研究者が携わり、ヒッグス粒子の精密測定や「標準理論」を超える新物理の探索に力を注いでいます。日本の13の大学・研究機関からも研究者・学生およそ150人が参加し、「ATLAS日本グループ」として海外の一流の研究者たちと肩を並べ、最先端の研究を進めています。そのうち40人ほどの研究者・学生が本センターから参加しています。
「ATLAS日本グループ」は1994年4月の発足以来、実験の中心的役割を担っています。ATLAS検出器の立案設計に関わったほか、日本企業の協力のもと、超伝導ソレノイド、シリコン飛跡検出器、ミューオン検出器などを建設してきました。また、2009年からの本格的な衝突実験データ取得に合わせ、本センターに「ATLAS地域解析センター」を構築し、物理解析を推進してきました。ヒッグス粒子発見における日本の物理解析チームの貢献は、世界的に高く評価されています。
Run3のデータ取得・物理解析と並行して、2029年開始予定の高輝度LHC実験の準備も進めています。高輝度LHCでは陽子衝突頻度を現在の約3倍に高めると同時に、ATLAS検出器や計算機システムの性能を大きく向上させます。これらの改善により、高輝度LHC実験ではRun3完了時までに得られるデータ量の10倍相当を蓄積することが可能となり、さらなる高感度探索、高精度の測定を進めていきます。本センターは、高速・高効率・高精度を実現する新しいトリガーエレクトロニクスや、人工知能・量子コンピュータ技術の開拓による次世代コンピューティングモデルの開発に挑戦しています。
微細な素粒子を見るのに欠かせない巨大な加速器とは?
CERNのLHCは、全周が山手線一周とほぼ等しい27kmと非常に巨大な「加速器」です。
「加速器」とは、粒子を加速させて運動エネルギーを高める装置のことです。高いエネルギー下で、素粒子はさまざまな振る舞いを見せます。微細な素粒子を見るために巨大な設備が必要になるのは、「小さなものを見ようとすればするほど、より高いエネルギーが必要になるから」です。素粒子物理学の歩みは、加速器開発の技術の進展なくして考えられず、1930年代ごろから、物質の根源の探求に加速器が使われるようになりました。LHCでは、複数の素粒子からなる陽子を、時計回りと反時計回りに加速して正面衝突させ、世界最高の衝突エネルギーを実現しています。
現代の素粒子物理学や宇宙論では、加速器でつくり出される高エネルギー状態は、宇宙誕生直後の状態にきわめて似ていると考えられています。LHCが生み出す世界最高エネルギーは、宇宙誕生直後の約1兆分の1秒の世界を、ほんの一瞬ではあるものの再現できるとされています。