新しい自然観を切り拓くような研究がしたい
2023年に滞在したCERNでは、どのような経験をされましたか?
修士2年の昨年に、ずっとあこがれの場所だったCERN(欧州合同原子核研究機構)に2回も行かせていただいて、本当に世界の最前線で研究をしているんだという実感を得ることができました。特に2回目は海外の研究者と共同で実験をするタスクを抱えて一人で行きましたので、常に緊張感があり、38日間の滞在があっという間でした。CERN内の宿泊施設における、いろいろな国の研究者との共同生活という経験もまた大きな財産になりました。共同のキッチンでみんな、見たこともないようなものを料理しているんです(笑)。「それは何?」と聞くと食べさせてくれたり、インドの方のカレーパーティに参加させてもらったりもしました。本当に多様な人々が集まっているのですが、“物理を探求したい”という同じ志を共有している人たちなので会話も弾み、研究の話を始めると止まらなくなります。
ICEPPを進学先に選んだ理由を教えてください。
中学生の時にテレビで見た科学ドキュメンタリーで、ヒッグス粒子の発見に歓喜するCERNの物理学者たちの姿がとてもカッコよく、宇宙の神秘を巨大な装置で解き明かす加速器実験にロマンを感じて素粒子物理学に進みました。私が入学した京都大学もATLAS実験に参加しているのですが、同じ研究室の友人からお姉さんがたまたまICEPPに進学していることを聞き、zoomで話をさせてもらったところ、「ICEPPはいいぞ」と盛んに勧められ、ここを選びました(笑)。
ICEPPでは学生に対する指導教員の数がとても多く、緻密なコミュニケーションがあります。具体的な研究の技術やプレゼンの仕方まで手厚くフォローしてもらえるため、本当に恵まれているなと思います。これほどたくさんの学生がCERNでの実験に関わっているのも、日本ではICEPPだけだと思います。データを解析するだけでなく、実験自体をも作れる研究者を育てるのがICEPPのモットーなのかなと感じています。
いま、どのような研究を進めていますか?
私は「高輝度LHC-ATLAS実験」に向けたミューオントリガーの開発に取り組んでいます。LHC-ATLAS実験では、25ナノ秒に一度の間隔で約1,000億個の陽子の塊が衝突し、その時に発生する大量の粒子を検出しています。そのデータ量は80TBにも及ぶため、すべての衝突事象をストレージに保存することはできません。そのため、物理的に興味があるイベントだけを高速で選別する「トリガーシステム」が、実験のポテンシャルを最大限引き出すためにとても重要となります。私が携わっているTGC(Thin Gap Chamber)検出器はATLAS検出器の最外層に飛来するミューオンを捉え、ハードウェアレベルで運動量を再構成することで、高速で事象選別を行ないます。2029年からCERNでスタートする高輝度LHC実験では、現行の約3倍の輝度(ビーム中の粒子同士が衝突する頻度を表す値)が実現され、それに合わせてTGC検出器のエレクトロニクスを大幅にアップデートします。私は特にFPGA(Field Programmable Gate Array)という、論理回路を自由自在に設計することができるデバイスを使って、より精度よくミューオン事象を捉えるための新しいトリガー回路の開発をしています。
博士課程では、どのように研究を進めていきますか?
博士課程に入ってからは、今度は自分たちが取った実験データを用いて物理解析を行なっていく予定です。特に、ダークマターの残存量を自然に説明するなど、標準模型を超える理論体系として有力視されている超対称性理論に興味を持っており、優れた解析のアイデアをもとに超対称性粒子を発見することが私の目標です。とはいえ、私たちの期待しているエネルギー領域で本当に見つかるかどうかまだだれにもわかりません。ヒッグス粒子の発見もそうでしたが、コツコツと実験を積み重ねた先に大発見があるので、私も自分の解析がそんな新しい自然観を切り拓いていくような発見につながればと思っています。
将来の目標を教えてください。
将来は自らの手で実験を作り上げ、物理を推し進めることができるような研究者になりたいと考えています。その意味で幅広い知識や経験を得ることができるICEPPは、素晴らしい環境だと思います。良い先生方や仲間たちに囲まれたICEPPでの研究はとても充実していて、毎日がほんとうに楽しいです。