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ミュー粒子の崩壊で素粒子の大統一に迫る
-ミュー粒子稀崩壊探索で宇宙の始まりの素粒子大統一を探る
MEG II実験-

※日本とスイスの間で初めて開催されたミューオン・中性子技術交流研究会「BRIDGE2023」で、国際共同実験MEG IIの代表者・スポークスパーソンの森教授が最新の研究成果を発表しました。

東京大学素粒子物理国際研究センター
東京大学大学院理学系研究科

発表のポイント

  • 素粒子の大統一理論が予言する稀な崩壊現象ミューイーガンマ(μ→eγ)を探索するMEG II実験が、その最初のデータを用いた探索結果を報告する。ミューイーガンマは発見されず、大統一理論に厳しい制限を課すことになった。
  • 東京大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、神戸大学を中核とする国際研究チームが新たに開発した高性能素粒子検出器と、スイス・ポールシェラー研究所(PSI)が提供する大強度のミュー粒子ビームによって、世界最高の探索感度が実現可能となったものである。
  • MEG II実験は現在も継続中であり、今後数年をかけて今回の約20倍以上のデータを取得する予定である。これにより、以前のMEG実験をおよそ一桁上回る実験感度を持ってミューイーガンマを探索し、素粒子大統一の謎に迫る。

発表概要

東京大学、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、神戸大学を中核とする、日本・スイス・イタリア・米国・英国等による国際共同実験コラボレーションMEG IIは、独自に開発した高性能検出器と、スイス・ポールシェラー研究所(PSI、注1)の世界最大強度のミュー粒子(注2)ビームを用いて、ミュー粒子の稀な崩壊現象ミューイーガンマ(μ→eγ)(図1、図2、注3)の探索実験を2021年9月終わりに開始した。今回は、2021年に取得した最初のデータを用いて行ったミューイーガンマ崩壊の探索について発表する。結果として発見には至らず、以前のMEG実験の結果と合わせて、ミューイーガンマの起こる確率についてこれまでにない厳しい制限(3兆回に1回の頻度)を与えた。本研究は、宇宙誕生時に実現していたと考えられる素粒子の大統一(注4)に迫ろうとするものである。MEG II実験は現在も継続中で、既に取得済みの2022年のデータでMEG実験の探索感度を大きく上回る見込みで、今年度内にその探索結果を公表することを予定している。今後2026年までデータ取得を継続し、最終的にはMEG実験の約10倍の探索感度(17兆に1回の頻度)を実現して、ミューイーガンマ崩壊の探索・発見を通して、宇宙誕生時の素粒子大統一を検証していく。

3世代の素粒子
(図1)3世代の素粒子:ニュートリノはニュートリノ振動(注5)により異なる世代間の移り変わりがある。クォークも小林・益川理論により移り変わりがある。一方、電子の仲間では世代間の移り変わりは標準理論では禁止されている。もし、ミューイーガンマ崩壊が発見されれば、電子の仲間でも世代間の移り変わりがあることになり、大統一理論の証拠となる。
ミューイーガンマ崩壊
(図2)ミュー粒子の通常の崩壊(左)と大統一理論が予言するミューイーガンマ崩壊(右):ミューイーガンマ崩壊では、超対称粒子などの非常に重い未知の新粒子が寄与している。

発表内容

研究の背景
これまで標準理論(注6)を超える新しい素粒子理論として大統一理論の研究が活発に行われてきた。小柴昌俊東京大学特別栄誉教授が1980年代にカミオカンデ実験を始めたのは、陽子の崩壊を探索して大統一理論を検証するためであった。大統一理論によると、宇宙開闢期には素粒子の相互作用は統一されており、それが破れることによりインフレーション(注7)を引き起こして現在の宇宙が誕生したと考えられる。東京大学が1990年代にCERN(欧州合同原子核研究機構、注8)で行った国際共同実験により、超対称性(注9)を入れた新しい大統一理論が示唆され、現在標準理論を超える新物理の最有力候補となっている。新しい大統一理論はスーパーカミオカンデ実験でも検証することは難しいと考えられている。1990年代後半に、標準理論で禁止されているミュー粒子のミューイーガンマ崩壊が大統一理論によって引き起こされることがR.バビエリらによって指摘された。しかし、その確率はおおよそ1兆に1回程度であり、そのように小さな確率で起こる素粒子の崩壊を測った実験はこれまでになく、既存の素粒子検出器を使った方法では不可能だとされていた。
そんな中、東京大学、KEKを中核とする国際共同実験コラボレーションMEGは、これまでにない性能を持った検出器を開発し、スイス・ポールシェラー研究所(PSI)の世界最大強度のミュー粒子ビームを用いたMEG実験を実施した。MEG実験は、2009年から2013年までデータを取得しておよそ2兆に1回しか起こらない崩壊を捉えることができる実験感度で探索を行い、2016年に最終結果を公表した(図3~4)。理論による予想にもかかわらずミューイーガンマ崩壊は発見されず、超対称大統一理論など宇宙の始まりを記述する標準理論を超える新理論の可能性に関してこれまでにない厳しい制限を加えることになった。

ミューイーガンマ崩壊の候補事象
(図3)液体キセノンガンマ線検出器で実際に観測されたミューイーガンマ崩壊の候補事象(ミューイーガンマ崩壊ではない)。
ミューオン物理の歴史
(図4)ミューオンを使った研究による新物理探索の歴史:前実験より約30倍の探索感度を実現したMEG実験によって超対称大統一理論など標準理論を超える新物理理論を検証することが可能となった。アップグレード実験のMEG IIではさらに感度を10倍あげた探索が可能となる。

研究内容
本研究グループは、MEG実験での経験を活かして検出器性能を大きく改善した実験装置を新たに開発し、アップグレード実験MEG IIを実現した。検出器の巧みな再設計、MEG実験の時には利用できなかった最新のセンサー技術を導入することにより、粒子の測定精度および検出効率を大幅に改善し、MEG実験の約10倍の感度でのミューイーガンマ探索を可能とする実験装置を完成させた(図5~9)。

MEG II実験装置概観図
(図5)MEG II実験装置概観図
MEG II実験装置概観図
(図6, 左上)PSIビームラインに設置されたMEG II実験装置、(図7, 右上)液体キセノンガンマ線検出器、(図8, 左下)陽電子タイミングカウンター、(図9, 右下)陽電子ドリフトチェンバー飛跡検出器

MEG II実験装置の要であるガンマ線検出器(図7)は、MEG実験における液体キセノン検出器の光センサーである光電子増倍管の一部を、新たに浜松ホトニクスと共同で開発した新型半導体光センサーVUV-MPPCに置き換え、ガンマ線イメージングの解像度を大きく向上させた(図3)。陽電子検出器については、コンパクトな新型半導体光センサーを用いた新検出器(図8)の導入により時間測定性能を2倍以上改善するとともに、一体型の円筒状ドリフトチェンバー飛跡検出器(図9)を開発し、運動量測定性能を4倍、検出効率を2倍改善した。さらにミューイーガンマ崩壊探索の主要な背景ガンマ線を抑制するまったく新しい検出器も導入した。
これらのアップグレードをしたMEG II実験装置は2021年に完成し、検出器の最終調整後、9月終わりより約7週間、最初のデータ取得を行った。今回は、このデータを用いてミューイーガンマ崩壊を探索した結果の報告である。本データでは結局、ミューイーガンマ崩壊は発見されなかったが、短期間のデータ取得にもかかわらず、MEG実験の最終結果に迫る探索感度を達成することができた。これはMEG II実験装置の優れた探索性能をあらわしている。さらに、今回の解析結果とMEG実験の結果を統合した解析も行い、ミューイーガンマ崩壊についてこれまでで最も厳しい制限を与え、これにより超対称大統一理論など標準理論を超える新物理の可能性をより厳しく検証した。

今後の展望
MEG II実験は、2021年の最初のデータ取得以降、毎年安定した長期データ取得を行って順調に探索データを蓄積している。2022年までのデータで既にMEG実験の探索感度を大きく上回っており、今年度中にその探索結果を公表することを目指している。同じ実験エリアを使用予定の他の実験プロジェクトの動向にも依存するが、今後MEG II実験は2026年までデータ取得を継続し、最終的にはMEG実験の約10倍の探索感度(17兆に1回の頻度)を達成する予定であり、ミューイーガンマ崩壊の発見が世界的に大きく期待されている(図4)。
将来には、PSIでミュー粒子ビーム強度をさらに100倍増強する計画(HIMB計画)が進行中であり、2027~2028年にその完成が予定されている。本研究グループでは、この増強ビームを利用して、MEG II実験のさらに数10倍高い実験感度を持つ新たなミューイーガンマ探索実験の実現を目指した研究開発を開始した。この将来実験では、ミューイーガンマ崩壊の発見をより確実なものにするとともに、ミューイーガンマ崩壊の角度分布など、その詳細を測定することで、背後にある宇宙初期の新理論の正体を解き明かすことを目指す。

論文情報
学会名:国際ワークショップBRIDGE2023, 2023年10月20日
題名:“The First Result of MEG II on Search for mu -> e + gamma”
発表者名:森 俊則

共同研究機関によるプレス
● PSIが同時発表したリリース内容:関連サイト
● INFNが同時発表したリリース内容:関連サイト

研究助成
本研究は、科学研究費補助金(日本学術振興会)特別推進研究「MEG II実験-究極感度ミュー粒子稀崩壊探索で大統一理論に迫る」(研究代表者:森俊則、課題番号26000004)、基盤研究(A)「高分解能大型液体キセノン測定器によるレプトン普遍性の破れの精密検証」(研究代表者:森俊則、課題番号20H00154)、基盤研究(S)「世界最高感度のミュー粒子稀崩壊探索で迫る素粒子の大統一」(研究代表者:大谷航、課題番号21H04991)、新学術領域研究(研究領域提案型)「極低物質量・高計数率飛跡検出器で挑む荷電レプトンフレーバーの破れの探索」(研究代表者:内山雄祐、課題番号21H00065)、国際先導研究「国際協力によるミューオン素粒子物理研究の新展開」(研究代表者:三原智、課題番号22K21350)、研究拠点形成事業「ミュー粒子を使ったレプトンフレーバー物理研究のグローバル展開」(コーディネーター:森俊則、課題番号JPJSCCA20180004)他、スイス国立ポールシェラー研究所(PSI)、イタリア国立核物理学研究所(INFN)、米国エネルギー省(DOE DEFG02-91ER40679他)の援助を受けて行われた。

用語解説

  • (注1) ポールシェラー研究所(PSI):自然科学および工学におけるスイス最大の研究センターであり、物質構造、エネルギー、環境と健康の3分野において研究活動を推進している。チューリッヒ郊外にある。
  • (注2) ミュー粒子:ミューオン、ミュオンとも呼ぶ。電子とほぼ同じ性質を持つ「重い電子」(図1)。ミュー粒子は電子より約200倍重い。
  • (注3) ミューイーガンマ(μ→eγ):ミュー粒子がガンマ線を放出して電子に崩壊する過程(図2)。エネルギー保存則など通常の物理法則では禁止されていないが、標準理論では電子やミュー粒子の「フレーバー」が保存されるとして禁止されている。
  • (注4) 大統一理論:素粒子に働く3種類の力(電磁気力、強い力、弱い力)が、宇宙初期の超高温状態では同じであったとする理論。大統一が破れた際に宇宙が急激に膨張する「インフレーション」が起こったとも考えられている。元々の大統一理論はカミオカンデ実験などにより否定されたが、東京大学も参加したLEP実験(LHC(注10)の前身の加速器)での精密測定によって、超対称性を入れた新しい大統一理論の可能性が注目されている。
  • (注5) ニュートリノ振動:ニュートリノがお互いに移り変わる現象((図1)。3種類のニュートリノの間に合計3種類の振動が存在する。ニュートリノが質量を持つことにより可能となる。この現象はスーパーカミオカンデ実験などにより実験的に確認され、2015年に梶田隆章氏らのノーベル物理学賞受賞となった。
  • (注6) 素粒子の標準理論:現在知られているほぼすべての素粒子現象を説明できる理論。宇宙の暗黒物質の存在や、重力などをうまく取り扱うことができないため、大統一理論など、より究極の理論の低エネルギーにおける近似であると考えられている。
  • (注7) インフレーション理論:宇宙がその誕生直後に加速度的に急膨張(インフレーション膨張)したとする説が有力視されている。このインフレーションの導入により宇宙の誕生を記述する通常のビッグバン宇宙論が抱えるいくつかの大きな問題点が解消されることになる。
  • (注8) CERN(欧州合同原子核研究機構):スイス・ジュネーブ郊外にある世界最大の素粒子物理研究所。世界最高エネルギーの陽子・陽子加速器LHC(注10)が稼働して実験中である。ウェブ発祥の地としても有名。
  • (注9) 超対称性:素粒子のボーズ粒子とフェルミ粒子の間にあると考えられている対称性。この対称性が成り立っていると、既存の全てのボーズ粒子、フェルミ粒子それぞれに対してスピンが1/2だけ異なる超対称パートナー粒子が存在すると考えられる。
  • (注10) LHC(Large Hadron Collider):CERNにある世界最高エネルギーの陽子・陽子衝突型加速器。2012年に標準理論で唯一未発見であったヒッグス粒子と思われる新粒子を発見して全世界の注目を集めた。他にも超対称理論などの新しい物理理論で予言される新粒子、新現象の探索を目的としており、東京大学・KEKを始めとする日本の研究グループが参加している。
  • (注11) 池田 史、李 維遠、松下 彩華、大矢 淳史、山本 健介、横田 凛太郎、米本 拓