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From alumni

あらゆる手段を使って
新しい理論の姿を見つけたい

高エネルギー加速器研究機構(KEK)
素粒子原子核研究所・准教授

Hideyuki Oide

2013年、ICEPPを修了してすぐにスイスの欧州合同原子核研究機構(CERN)に行き、そのときは3年ほど滞在しました。ちょうどヒッグス粒子が発見された翌年で、興奮冷めやらぬ熱気がまだ残っていましたね。CERNには修士1年の夏にもCERNサマースチューデントプログラムで2ヶ月半ほど行ったことがあり、そのときはヨーロッパの学生たちの元気のよさ、高い意欲が印象深かった記憶があります。

私はCERNのATLAS実験に従事していて、現在はKEKに所属し、2029年からスタートする高輝度LHCという次世代の大型加速器で使用するピクセル検出器の開発をしています。デジカメのセンサーを思い浮かべるとわかりやすいかもしれませんが、一辺50 µmという微細なシリコンセンサーが碁盤の目のようにたくさん並べられたもので、衝突点の一番近くで粒子の位置が精細に見えるようになるので、実験ではとても重要な役割を担うことになります。私の仕事はこのピクセル検出器を、規模の大きい測定器全体として作り上げることで、今は実験開始2年前の2027年を目標に、モジュールを作り始めているところです。この高輝度LHCの実験で、新しい粒子が見つかることを素粒子物理学に携わる誰もが待ち望んでいます。

先進的な超伝導システムの技術開発がHL-LHCの重要な鍵となる

ヒッグス粒子が発見されて以降の10年間、素粒子物理学の研究が飛躍的に進んだのは間違いありません。ただ、我々が持っている標準理論は恐ろしく予言能力が高いので、多くの予想が高い精度で成立します。つまり、これまでの10年間というのはある意味で約束された道を歩んできたということでもあります。一方で、ヒッグス粒子は標準理論で必要とされていた最後の粒子です。言いかえれば、標準理論の先にあると信じる物理の姿については、今の我々には何もわかっていないのです。これは物理学に携わる者としては耐えがたいほどの居心地の悪さで、それが現在の素粒子物理の研究を牽引していると言っても過言じゃないと思います。あらゆる手段を使って、新しい粒子、新しい理論の姿を見つけたい。私も、初めてCERNに行った2013年から強くそう思ってきました。

HL-LHCに向けて、加速器周辺の大規模な土木工事が進むCERN

実は私は学部生の時は地球惑星物理学科にいたんです。地球、惑星、太陽のシステムに物理学のアプローチで挑むという分野です。私はプラズマにとても興味を惹かれたのですが、そこで展開される電磁場の理論が、スケールの異なる現象に統一的に適用されていく様を見て、理論の汎用性を実感しました。物理の根源に迫ることができる学問として、素粒子物理学を志してみようと思いました。素粒子実験はとにかく理論に対する白黒のつきかたがはっきりしている。理論家が考えるどんなに美しい理論でも実験で反証されれば真の物理ではないことがわかる。そこに根源的な凄みのようなものを感じます。

特別優秀なわけでもない私のような学生も、ICEPPの先生方は長い目で見て育ててくれました。第一線の現場に立つプロ意識を私たちに身をもって教えてくれるのもICEPPです。大学院に進むまでは高速道路で運ばれてきたように美しい物理学の真髄を学びますが、大学院で目の前にあるのは未開のジャングルです。そのジャングルを切り拓く気概のある人が集まっておられるのが、ICEPPなのだと思います。研究への挑み方は千差万別だし、大いに迷って大いに悩めばいい。研究者を目指す人は、その後を戦っていく自分なりの武器を身につけるつもりで学生時代の研究に打ち込むと良いと思います。

プロフィール

2009年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻(山下研究室)修士課程修了。2013年同博士課程修了、博士(理学)。CERNリサーチフェロー、INFNジェノヴァ支部およびジェノヴァ大学ポスドク、CERN協力アソシエイト、東京工業大学助教、KEK助教を経て、2024年3月より現職。