標準模型を超えた物理を探す大きな国際的研究をしたいと考えて、私がICEPPに進学したのは2011年のことです。ちょうど、CERNのLHCでヒッグス粒子や超対称性粒子等の新粒子発見が期待される頃でした。
修士課程では素粒子実験の基礎を学ぶため、当時行なわれていた「TREK実験」に参加しました。これは時間反転対称性の破れを測ろうとするもので、K中間子がπ中間子とμ粒子、ニュートリノに崩壊する現象を調べます。そのためのドリフトチェンバー(飛跡検出器)の評価が、私の担当でした。カナダの研究所で検出器のビーム試験を行ない、データを解析してシミュレーションと比較しました。自分で検出器を使って実験し、データを取得する経験を積めたことは非常に有意義でした。
2013年に博士課程に進学し、LHC-ATLAS実験に参加しました。まず行なったのは、bクォークの識別手法の評価です。LHCのRun1では、bクォークの識別の不定性が物理解析の大きな系統誤差の要因でした。これを改善するため、飛跡情報を用いたbクォークを精度良く識別できる手法を評価しました。続いて博士論文のテーマとして「トップクォーク対に崩壊する重い新粒子の探索」に取り組みました。その際には、効率が向上したbクォークの識別を使って発見感度を向上させることができました。2015年に始まったRun2の初年度データを解析した結果、新粒子の兆候は得られなかったものの、その制限の更新に成功しました。自分が評価したものや自分のアイデアを研究に活かして一定の成果を上げることができたのは、非常に面白い経験だったと考えています。
現在は、茨城県東海村のJ-PARC(KEKと日本原子力研究開発機構の共同運営)で、円形加速器Main Ring(MR)の大強度化に向けたビームの運動力学に関する研究に取り組んでいます。ICEPPでの研究を通して加速器自体に興味を持ち、その開発やアップグレードに携わることによって新物理の発見に貢献したいと考えたことが、ここに来た大きな理由です。
MRで3 GeVから30 GeV(光速の99.95%)まで加速された大強度の陽子ビームは、ニュートリノやK中間子などの素粒子・原子核の実験を行なう施設に送られます。MRの大強度化はビームのパワーを現在の約2.5倍に増強する計画ですが、その実現に必須となるビームロスの大幅な低減が私の研究テーマです。ビームの調整方法の改善や、ビーム不安定性の原因の評価・対策などを行なうことで、大強度化達成を目指しています。
自分の貢献やアイデアを活かして未解決の問題に取り組める現在の状況は、ICEPP在籍時と重なるものです。研究の基礎や姿勢を教えてくださったICEPPの指導教員やスタッフ、先輩、仲間たちに感謝しています。
プロフィール
2013年東京大学大学院理学系研究科物理学専攻(川本研究室)修士課程修了。16年同博士課程修了。同年より高エネルギー加速器研究機構(KEK)研究員、特任助教を経て、2022年4月より現職。博士(理学)。
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あらゆる手段を使って
新しい理論の姿を見つけたい高エネルギー加速器研究機構(KEK)
素粒子原子核研究所・准教授生出 秀行Hideyuki Oide -
スタートアップ企業で
働くいまも生きているICEPPでの経験京都フュージョニアリング株式会社・
Business Development Dept. マネージャー西村美紀Miki Nishimura -
MEG実験での悪戦苦闘すらも
とても楽しい経験でした矢崎総業株式会社
AI・デジタル室 エンジニア恩田 理奈Rina Onda -
ヒッグス粒子発見に貢献し
その瞬間に立ち会うという幸福名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)
特任准教授吉原 圭亮Keisuke Yoshihara -
設計・測定・解析・理論計算
すべてを自分で行なう楽しみ日本電気株式会社(NEC)
セキュアシステムプラットフォーム研究所 主任山道 智博Tomohiro Yamaji -
自分の貢献やアイデアを活かして
問題解決する喜びは、ICEPPで知った高エネルギー加速器研究機構(KEK)
加速器施設 助教小林 愛音Aine Kobayashi -
「大事だと思ったことをきちんとやる」
その大切さをICEPPで学んだ東京エレクトロン株式会社SDC
AI開発部・サイエンティスト小坂井 千紘Chihiro Kozakai -
素粒子実験で培ったメンタリティで、
AIプロダクトの開発に挑む株式会社ニューラルポケット
取締役CTO(最高技術責任者)佐々木 雄一Yuichi Sasaki -
大学院での学びを
企業で活かす日本電信電話株式会社 (NTT R&D)
サービスエボリューション研究所 研究員大川 真耶Maya Okawa -
「机の上」での実験が、
研究者としての土台になった京都大学大学院理学研究科
日本学術振興会特別研究員(PD)安達 俊介Shunsuke Adachi -
「ヒッグスの次」を
この手で見つけたい東京工業大学理学院物理学系 助教山口 洋平Yohei Yamaguchi